- DEC
- 1
- 2020
「フランシスコの平和の祈り」を始めた11月。〜今、私に必要な気持ち〜
11月は、ついに、1日しか散歩に出なかった。
※マメが、具合悪くなって、「はっ」として、家を出た。
あとは、病院に行くのに一度、家を出た。
ほぼ、両目が「潰れた」感じの中、
目先も見えないけども、先はもっと見えず、
気持ちは塞いで行くけれども、
私の気持ちが沈んで行くと、我が子たちに影響するから、
始めた、朝と晩の祈り。
この祈りには、「私に必要な事」がものすごく詰まっている。
※ 「慰められる事」より「慰める」事を求める、とか
※ 「理解される事」より「理解する事」を求める、とか
※ 「許される事」より「許す事」を求めるとか
※ 「人に与える事で受け取る」とか、
今は、何1つ、できてないけど、毎日、祈る事で、
1つでも「与えたい」という気持ちを、とか
1つでも「ゆるしたい」という気持ちを、とか、
1つでも「忘れて」前に進む事とかに、
近づいていけたらいいな、と思っています。
せめて、「心」だけでも健やかに、、。
そして、12月は、週に1回くらいは、散歩に出れたら、、。
※まずは、ベッドの中でできる事は、続くから、「祈り」から、、。
りずむK
〜フランシスコの平和の祈り〜
主よ、
わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
憎しみのあるところに愛を、
いさかいのあるところにゆるしを、
分裂のある所に、一致を、
疑惑のある所に、信仰を、
誤りのある所に、真実を、
絶望のある所に、希望を、
闇のある所に、あなたの光を、
悲しみのある所に、喜びをもたらすものとしてください。
慰められるより、慰めることを、
理解されるより、理解することを、
愛されるより、愛することを、わたしが求めますように。
わたしたちは、
与えることで受け取り、
忘れられる事で見出し、
許す事で、人は許され、
死ぬ事で人は、永遠の命をいただくのですから。