日々の事、犬の事、絵日記とか、たまに、ライブについて、とか、思いのままに書きたいと思います
三日坊主のつもりで始めた絵日記、いつの間にか、4年目に突入です
何卒、なにとぞ  りずむK

  • FEB
  • 11
  • 2023

その②〜僕、地主になる。(懐かしい写真の巻)

...

 

掃除してると、色々でてきちゃいますよね。

うちの母が、なんでも捨てれない派なので、色々、送られてくる。

昔、出演したミュージカルのパンフとか、

NY時代の写真とか、

私が載った、新聞とか、

NYから帰国したあと、やってたバンドのあれこれとか、

想定内のものが多数の中、

こんなんありました!!!

想定内のモノ)大学の卒業前(渡米の直前)に出た、ミュージカルの舞台裏の写真。

りずむKと「芋洗坂係長」こと、小浦さん。

※ 小浦さんとは、一昨年、桟橋タップにお付き合いいただいのは記憶に新しいところ。

念の為、私は、赤い方です。w

こんなんは、あるよね〜。w
私は、22歳かな? 


 

こんなものが!案件)NYの移民局への書類 

「ワークビザください!!」という弁護士による陳述、、、

みたいなやつ。

NYには、学生ビザで行って、

ダンスやミュージカルのオーディションを受けても、

「はぁ?ワークビザ持ってないの?舐めんな!」とか言われて、門前払いとくらったりします。 

「職を得たい」けど「雇われない」のか、

「雇われない」から「職がない」のか、

「ビザ」が欲しいから「雇って欲しい」のか、

「雇ってもらえない」から「ビザが無い」のか、

全部、バイスバーサ(逆もまた真なり)って感じです。

その、移住して1年目あたりの、まだ移民局に出たり入ったりして、

(すごいざっくり話すと、)⬅︎雑すぎてわからんかも。このコーナーを飛ばして読んでね。

宇多田ヒカル(14歳)を「キューバキュー」というユニットで、全米で売り出したチームに出会い。

シャリーンとバートというチームで、R&Bとラップばっかりプロデュースしていて、たまたま、日本の少女、宇多田をプロデュースして、アメリカで売ったら、全くあたらなかったけど、EMI(東芝?)に売ったら、めちゃめちゃ売れたから、

それに味をしめた、シャーリンとバートが、「また日本人をプロデュースしたい!!!」という網を張ってたら、その罠に、私がかかり、

私は私で、まだNY1年目で、やりたい事が見つかって無かったので、「え?ダンス&ボーカルユニット?いいよ、やってみる」みたいなノリでやっていて、

シャーリーンとバートが私に英語を教えてくれたり、そして、ビザの面倒をみないと、りずむを売り出せない!とか色々あって、

その「しゃーりん&バート&りずむ&弁護士」➡︎移民局への、

「なぜ、かくかくしかじかで、りずむは、アメリカの労働ビザに値するか?りずむに米国の労働ビザを与えたたまえ!!!」という陳述?みたいなやつ。 

まだ、こんなモノがあったのかぁーー(捨てよう)➡︎捨てた。

※ その後、結局、ビザは、タップの方で取得。(マンハッタンタップとか、子供教育にお金を出せる、バージニア州とかで、講師として呼んでくれる人が居て、、、とか)



 

想定外)なんだこれ?笑

多分、私が3年生くらいの時のスキーの写真。

母が、色々、送った中に、1枚だけ、舞台に関係ないモノが。

3年生くらいまで「肥満」と言ってもいい感じだった私。ぱんぱん!!

※ ちなみに、顔は30歳をすぎる頃まで、ずっとパンパンっ!!!20代のガリガリの頃でも、顔はパンパンっ!!!です。

この頃から、お兄ちゃんの太郎が切れてる。

そして私。

そして、反対の隣は、奏太(桜)じゃないか!!!笑

桜は、私の3つ下だから、私が3年生くらいなら、桜は幼稚園くらいだけども、

これは、どう見ても、甥っ子の奏太ですね〜。



 

色々、懐かしいものを見ていると、

全く、片付けは、進みません。

つづく

りずむK