日々の事、犬の事、絵日記とか、たまに、ライブについて、とか、思いのままに書きたいと思います
三日坊主のつもりで始めた絵日記、いつの間にか、4年目に突入です
何卒、なにとぞ  りずむK

  • APR
  • 27
  • 2019

夢とか希望とか期待が裏切られてやってくるのが「五月病」だとして、、「逆もまた真なり」的な5月病の仮説。

...

 

「四日連続の朝の雨のせい」だけじゃな無いな、、

この落ち込み方。

私は、朝のお散歩にしっかり出かける事で、多分、なんとか自分を保てている。

朝のお散歩依存、というか、

犬に依存というか、

久太朗とマメ太と、ワンコのお友達依存というか、

まぁ、その3つの柱でなんとか立っているんだろう。

1)久太朗とマメ太の愛

2)家族3人で行くお散歩

3)お散歩で出会う人々の笑顔   

とか。

 


 

単純に「数日間、雨が続いて、凹んでるのか?」と思ってみたけど、もう少し複雑だな。

多分、落ち込むのは「欲」だ。欲がでて来ている。

「できれば、何もしたくない」と思う日々。

本当に、ほぼほぼ365日、ほとんど何もしない。

GWどころか、365日お正月って感じ。

2015年〜2016年の、入退院&オペの連続の日々から、もう5年目の「無職」。

何かの書類を書く時に、職業の欄に「無職」と当たり前に書く事にも慣れた。

それでいいや、、と思ってきたし、

毎日、犬とゴロゴロして生きてられる事に感謝しろ、と思ってきたし、

久太朗とマメ太に愛されて、

久太朗とマメ太を可愛がってくれる人がたくさんいて、

朝のお散歩だけでも、たくさんの笑顔に出会えて、

朝のお散歩の後、みんなは、忙しくお仕事にでかけるのに、

私は、朝んぽが終わったら、ずっとゴロゴロして過ごせる。

「君、幸せじゃないか?」と思う事にしていた。 


 

でも、少しづつ変化がでてきた。 

変化1)サングラスを外した。

何年も、何年も、朝も昼も夜も、サングラス。

「目の痙攣を隠す」意味もあったけど、

「光がツラくて外せない」という問題のが、物理的に深刻だった。

晴れの日だろうと、まばゆい5月の光だろうと、目を覆って、薄暗い生活。

夜の外出なんて、サングラスで、ほとんど、何も見えてない。

暗い店内なんて、全然、全く、見えてない。

しかし、1年ほど前から、桜木町眼科に行くようになって、注射がうまく行くと、目が開くようになった。

1回、サングラスを外して、太陽の光を楽しんでしまったら、「せっかくだから朝の光を楽しもう」という発想になりサングラスを外し始めた。


 

2)化粧を始めた。

5年どころじゃない。10年近く、サングラス生活。

仕事をしてた時でも、ずっとサングラスだったから、全然、化粧をしなくなった。

するだけ無駄、どうせ、絶対、サングラスを外さないから、と。

でもサングラスを外し始めたから、化粧を始めた。

少しは、努力をしようと。

注射のせいなのか?痙攣のせいなのか?オペのせいなのか?(多分、全部)

目はどんどん縮んでるし、その目を見ると、果てしなく凹むんであれば、

アイラインと眉毛くらいはいつも描いておこう、という努力を始めた。


 

3)またライブをぼちぼちやる。

引退して、隠居生活を送るために横浜に来たはずが、2年経過してみると活動しちゃってる。

滝ともはるに出会い、米重優哉に出会い、堺敦生に出会い、

古くから支えてもらってる、ポリが居て、ギリさんが居る。

「才能ある人々」に囲まれてると幸せであると、同時にたくさんの欲が出てくる。

色々、諸々、諦めて行こうぜ!って思っていたのに、

あれもしたい、これもしたい、もっとしたい、もっともっとしたい。

と、どこかで聞いた歌が、頭の中を流れる。

心の中では「やめましょう、やめよう、やめとけ?」と言っているのに。


 

その、どこかで聞いた「歌」で言うと、

「俺には夢がある、両手じゃは抱えきれない、

 俺には夢がる、ドキドキするような」 です。

私、つくづく、ブルーハーツ大好き。w

素敵な人に囲まれてると、また「憧れ」とか「羨望」とか「希望」とか「夢」が湧いて出てきちゃうんだね、、、。 

いい事じゃないですか?って思うじゃないですか?

その想いに、自分がついて行かないから、凹むのかな?と。


 

滝さんが「りずむさんのプロデュースでやりたい」と言ってくれて、

米重さんが「僕もゲストじゃなく、本気で参加したいです」と言ってくれて、

堺さんが「りずむKの現場は、とりあえず常に全力だな」と言ってくれて、

ぎりさんは、ずっと前から「りずむちゃんのタップ大好き」と暖かく見守ってくれて、

ポリは常に「俺は、リーダーに従います」と、私がやりたい事を理解して、隣で全面的に支えてくれる。

それで、みんな才能も実力も有り余ってて素敵なんですよ。 

そういう彼らを観てると、夜通し、あれもやりたい、これもやりたい、アレできないかな?これできないかな?と、ワクワクして眠れなくなる。

もともと、興奮体質なので、私。


 

じゃあ「もっともっとやれば良いじゃないか!」と、

コトが、そんなに単純じゃ無い。

右足が、どんどん、動かなくなってきている。

じゃあ、練習すれば?というコトでもなく、30分〜40分くらいは、リハビリ的に、動かしてると、動いてくるんだけど、

もともと感覚が無い「紙」みたいな感触の右足を、全力で、動かしてるので、40分くらい過ぎてくると、色んな場所に痛みが出てくる。

痛みが出ちゃうと、諸々アウト(歩くのもアウト)になってくるので、痛みが出ないような踏み方しかできない。

頭の中のイメージとか、仲間たちのプレイの盛り上がるにつれ、それに反比例して、自分だけが、盛り下がって行くのを、なんとか食い止めるメンタル作業とかになってくる。

「気持ちだけ込めて行こう」とか、「プロデュース方面だけ頑張ろう」とか、「自分のプレイを観ずに、グロス(ライブ全体)を眺めろ」とかね。  


 

1、サングラスを外し、光を浴びたい。明るい所を歩きたい。

2、化粧をして、多少でも、良く観られたいと思う。

3、ライブをやったりして、「本業の夢」捨てきれず、

4、プロデュースはじめちゃったり、とかワクワクして眠れず。

全部「欲」が出てきた、ってコトじゃないですか?

「人生に対しての欲」が出ちゃってる。

(うっすら、夢と希望とか期待を、持ち始めちゃってる。)

PORIが「すごく解ってるなぁ」というブレーキをかけてくれる。 

「あんまり、やらない方がいいですよ、少しがいいですよ!!!」と。

PORI曰く、あまり、たくさんやって、仕事が本格化すると、りずむさんの心労が心配だ、と。←大正解。 

できるなら、やればいいのだけどね。

1)目の調子(注射の成功&失敗)のアップダウンも読めないし、

2)足の調子に関しては、もっと読めないし、

以前は、週に1回くらい、マッサージに乗り越えてたんだど、

「歩けなくなってきたらマッサージ」的な、

最近は、週1のマッサージでも、右足を引きずっている。

引きずっても、痛みが出なければOKなのだけど、

右足が動かないテイで、できるコトしかやってないから、それでいいのだけれど、痛みが出ちゃうと猛烈にダメ。

で、いつ、痛みは出るんだい?と言う不安にさいなまれる。

 


 

下手に、色々な欲が出てきて、それに対して、自分の体も心もついていかないから、どんどん凹む的なコトじゃないか?と。

もうちょっと、頑張れば良いのだろうけど「なんとなく、何もしない方」に逃げて、より落ち込むとか。

寝て、変な夢みて、起きた瞬間に、夢の内容は忘れてるけど、

寝て起きると、確実に猛烈に落ち込んでいて、ヤバイと思い、散歩に出かける、とか。

散歩に出かけると、まだだいぶ救われる。

でも、サングラス外す、化粧するなど、自分に対するハードルを少し上げちゃってるから、そもそも引きこもりのくせに、もっと「家の扉を開けるハードル」が上がっちゃってて、それもどうなんだ?????っていう。 

バカなのか?

という、とりあえず、夢とか希望とか期待が、裏切られてやってくるのが「五月病」だとして、

夢とか希望とか期待を、下手にもってしまっても、五月病はやってくる、という仮説。


 

長々と書いて「一体なんの話なんだ????」とか。 

まぁ、一番は、才能ある人々に囲まれてて、周りが素敵だから、自分と比較しちゃうから凹んでるんだろうな、、っていう。 

一番、良く無いから、人と比べちゃうのが!!!! 

やめろ!!!!

ずっと前から知ってたはず「他人と自分を比べるな!!!」

里朱生K