眼瞼けいれん、ジストニア治療の道のり

私自身が10年間、苦しんだ、
「演奏家に多い」と言われる病気の、手術と治療について記しています。

5月4日「頭の傷と腫れ」

...

やっと出た、抗生剤。


 

 

「左の耳の傷が痛い」と、訴え続ける事、1ヶ月。

オペをしたのは、3月の初め。すなわち、オペからもう2ヶ月。

傷は、通常、1ヶ月もしたら、開く事はないし「パーマでも、カラーでもなんでも、どうぞ」なはずです。

連休に入る前に「嫌な予感する」と思って、もう一度Dr堀澤に

「抗生剤とかやらないの?」と聞いてみた。

「様子見ましょう。赤くなったり、腫れたりしてないとねぇ、、」だって。

 


 

 

連休に入って、速攻、昨日から、突然、頭の傷だけでなく、

傷からは、茶色い体液(浸出液)。

頭頂の機械の部分が、ガンガン痛みだした。

※ 耳の後ろの傷から出る、液体。↓↓↓

耳の後ろに、テッシュを当てると、こうなる。

ガンガン痛み出した、頭頂部。(機械が入ってる所)


 

 

留守をあずかる、Dr平チームの女性の医師、慌てる。

なぜなら、「頭の機械も取らないと」、となったらば

1、DBS(電気刺激)できなくなる。

2、Dr堀澤が、やりたがっている「焼き切る(凝固)」オペもできなくなる。

ここに来て、急いで、

「強い抗生剤を出しますから、粘りましょう!!!」だって。


 

 

もう、頭頂の、機械の所まで、赤くなっちゃてます。

遅くない? なぜ?そこまで 待つ????

私は、

1、DBSの継続の可能性(セントジュードの機械をまた体に入れる可能性は、私の中で、もう無い)

2、メディトロニックスの機械に変える可能性(すなわち転院)

3、凝固のオペの可能性

など、諸々の可能性を含め、Dr平と話をしないと、何も決められない事を、伝えて、帰宅しました。

いづれにしても、「頭に入ってる機械も、もうダメだ」ってなったら、どれも出来ないです。

女子医大のシステムには、もう「心身がついていかない」。

りずむK